ボランティアツアー・宮城県宮城郡七ヶ浜町
6、7日と塩釜の近く、太平洋側にある七ガ浜町へ行った。
5日の午後11時半、新宿を出発した。今回のツアーは40名、全国から来ている
南は熊本、石川、広島、大阪、東京、埼玉、千葉と、主に大学生が多く、昨年は受験だったので今年こそ何か役に立ちたい、この目で確認したいという、様々な思いを抱き参加していた。
いくつかのパーキングエリアで休憩を取り、朝7時半に着替えボランティアセンターへ向かった。やはり海のそばの町は津波で被災していた。あれから一年たった今も、確かに大きなものは撤去されているが、がれきが積み上げられたままで、まだ復興まで遠い気がした。
平日は100人、休日は300人ほどのボランティアの参加だが、震災のピーク時より人数が減少しているそうだ。まだまだ、人の手が必要と広報支援の大切さも訴えておられた。 この日の作業は田んぼの中のゴミを拾うというもの。
低地である田んぼや畑には、津波でがれきや海水が流れこみ、ようやく農地復興の動きが始まった。一見田んぼは綺麗に見えるが、よく見ると大きな石や布、サッシ、ガラスなど、細々と土の中に埋まっている。それでも休憩を入れて約5時間の作業だが、みんなでおこなえば確かにキレイになる。
どうの袋に入れて、仕分けして、また運ぶ。結構体力がいるし、
腰が痛くなるだけどみんな真剣に作業する。中には「心を込めてガンバリマス」なんて、泣かせるようなせりふを言う人もいた。
小さな力もみんなで力を合わせれば大きな力となるということを
実感した瞬間でもあった。やはり、この震災の状況をボランテイアをして体験することは今後の自分にも役に立つし、地震に対する免疫にもなり精神的にも強くなると思う。こうした被災したみなさんの苦しみを我がごとと感じるには
訪れた人や、体験者の生の声を聞くのが一番と思う。私も微力ながらこれからも被災地を訪れて、自分の出来る学んだことを伝えて、いずれ集会場でも歌っていきたいと思う。
今後、いつどこで大地震が起こるかわからない。
一人一人のたくましい行動が、困難を乗り越えられるとつくづく感じた。
ゆきちゃ~~ん、お疲れ様でした・・・・・。。。
ごみの中には、ガラスなども含まれて居るのですね。
ケガは無かったでしょうね・・・・。。
僕も10年若かったら参加してたと思います。
今の歳でも身体に異常が無ければ行きたいのですが、何しろ軽いですが喘息があり、その上気管が狭くなって居るので、直ぐ息苦しくなってしまうのです。
更に歩いて居る中に、大腿部が痛くなるのですから、だらしが無いやら・みっとも無いやらで、とても参加出来る状態では無いのです。
気持ちだけのボランティア参加で勘弁して貰います。
若い人の力に頼るしか出来ませんが、どうして自衛隊員にもっと働いて貰えないのでしょうか。
政府の優柔不断には腹が立って仕方がありません。
ゆきちゃんは、バスの中で眠れましたか?
頑張り過ぎて疲れを溜めてはいけませんよ。
では又で~~~す・・・・!!!
たかちゃんへ
ご無沙汰しています。体の方はどうですか?
元気になられましたか。
ボランティア無事に終わりました。
再び、南三陸町へいき、今度は歌を歌ってきます。